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永遠の卵

少女革命ウテナのはなしがしたい。

DUEL:24「七実様秘密日記」<少女革命ウテナ>

 

怪我のほうは打ち身と深爪程度なんだけど、意識が戻らないの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUEL:24「七実様秘密日記」

放送日:1997年9月10日

脚本:比賀昇 絵コンテ:松本淳
演出:高橋亨 作画監督:阿保孝雄

 

第2部・黒薔薇編(DUEL:14DUEL:23)のおまとめエピソード。と見せかけて七実さま(&石蕗)おまとめ回。根室記念館はみんなの心から消えてしまったため、振り返る過去すらもう存在しないのかも。

 

七実さま観察日記

DUEL:3「舞踏会の夜に」

そういえば、このとき水溶性ドレスをアンシーにプレゼントした黒幕は七実だということ、ウテナたちは知らなかったのですね。石蕗はそんなストイックな彼女の姿をパーティのテーブル下から見守っていました。

 

DUEL:8「カレーなるハイトリップ」

トラックがゾウに吹き飛ばされちゃったのは石蕗が原因だし、七実がバナナの皮ですってころりんしちゃうのも石蕗のせいでした。ゾウは海を超え空を超えどこまでも七実についてゆく。。?*1

ところでゾウさんっていうとやっぱりわたしはクレヨンしんちゃんを思い出してしまうのですが、なにか関係あったりしますか??中のひと〜

 

DUEL:4「光さす庭・プレリュード」

もう冗談じゃない!
あの時はわたくしの方が被害者だったでしょ?!

 七実さまの声に「ガーガー」音が入ってるのだいすき。そしてはじまる視力検査。

 

聞こえる。
小さな歯ぎしり。風に揺れるかずら橋みたい。

いいえ。これは海辺のブランコがきしむ音...

 

(ゾウが見てる。)

 

生徒会(回想)

そんなとこにいたらおかしいよ。バレバレだよ。

そしてとつじょいい子ぶるウテナ。いるよねこういうズルい子。そんな七実(&チュチュ)の想いは49kgくらい?

 

作戦その1 DUEL:6「七実様御用心!」

なにこの妄想。

作戦その2 DUEL:16「幸せのカウベル

七実おちついて!
そんなに興奮するとまた牛になるよ!

 今更いうって感じだけど、この牛化した七実、無駄に美化された感じじゃないのがいい。ちゃんと牛だよね。ちゃんと牛ってなんだって話だけど。

あと石蕗は牛になっちゃう。ゾウじゃなかった。

(チュチュのベル)ちんちーん。

と思ったらやっぱりゾウだった。

⇨あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

落下からの目覚めがリアル夢。こういう感じで起きるのあるよね。目覚めた場所にはちゃんと体重計があったり。

⇨や
⇨や
⇨や
⇨や

どうでもいいけど、茎子さんだけ白ソックスを三つ折りじゃなくて伸ばしてるのね。はじめて気づいた。

 

 

号外!

王さまの耳はロバの耳!

秘密にしているはずなのになぜかばれちゃうよね。石蕗の日記も、チュチュの正体もアンシーの本音も。今はいろんな考察サイトがネット上に溢れていますからね。

そして少女Cの皮をかぶったおさるは連行されていってしまいましたとさ。にしてもそれってなんて意味ありげな。。

ウッキー!!

 

 

 

 

 

もう、おしまーい。

なんだけど、わたしは過去に生きる人間なのでちょっと振り返らせてください。

 

 

⇨8. 疎外(alieation)

DUEL:14

暁生のフィアンセさん香苗との決闘。花瓶。

単に「アンシーが不気味だ」というだけならまだよかったのかもしれません。ほんとの問題は、彼女がアンシーと暁生との間に"何か"あるってことを察知していたってことなのでしょう。そしてその"何か"を自分は知る術もないってこと。

 

⇨9. 執着(attache)

DUEL:15

梢ちゃん×幹の剣。ミルクセーキ

なるほど〜これは愛の物語ではなく、執着のお話だったんですね。梢ちゃんから幹への執着と、幹から梢ちゃんへの執着。その応酬。それが"歪んだ愛"という形になってあらわれる。歪んだ愛とは、もはや愛ではないのかもしれないです。

 

⇨10. 嫉妬(jalousis)

DUEL:17

高槻枝織×樹璃との決闘。文鳥

樹璃への嫉妬や劣等感、ある種の独占欲。

 

⇨11. 焦燥(impatience)

DUEL:18

石蕗×七実との決闘。ハニワとチョコレート。

はやく大人になりたいという子供らしい焦り。「知りたいけど知りたくない」っていう七実の焦れったい思いも、また焦燥と呼べるのかなと思います。

 

⇨12. 限界(limite)

DUEL:20

若葉×西園寺との闘い。葉っぱの髪飾り。

この決闘の名前がなぜ"限界"なのかというのは、ちょっといろいろ考えてしまう。若葉の輝きの限界。西園寺との恋愛や、叶えられる自分の理想像の限界。または我慢の限界。あとはウテナが若葉にしてあげられることの限界。などなど。

 

⇨13. 依存(dependance)

DUEL:21

茎子さん×冬芽との決闘。相合傘。

冬芽という"王子さま"への依存。七実という"王女さま"への依存。また、自身の"家来"という立ち位置にも依存しているのかなと思いました。お姫さまになることへの諦めと、家来であり続けるお芝居。でもそれをアンシーのいうように、冬芽のためにやっているのだとしたら、彼女はすっごく強いし、同時に愚かだとも思う。わたしには彼女の気持ちがあまり上手に受け取れません。

 

⇨14. 自覚(conscience)

DUEL:23

御影草時(根室教授)。時子と馬宮の写真。

人々の心の闇を自覚させること。そして自分の心の闇を自覚すること。御影のお仕事はまさにそれ。感情なんてなく、計算機のように淡々と生きてきた彼だったのに、この悲劇的な結末。御影は自らが目覚めさせた多くの闇の犠牲となり、火葬されました。世界の柩から脱出することなく。昔の話にすがる大人には言い訳が似合う。

 

 

LA BANDE

ここがわたしとウテナさまの新しい部屋です。

第3部・暁生編のはじまりです。きゃー。わくわく。

 

 

*1:インドで七実を追い回してるのって、田中・山田・鈴木なの?

DUEL:23「デュエリストの条件」<少女革命ウテナ>

 

まったく薔薇の花嫁なんてやってる友達持つと、気苦労がたえないよなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUEL:23「デュエリストの条件」

放送日:1997年9月3日

脚本:榎戸洋司 絵コンテ:橋本カツヨ
演出:岡崎幸男 作画監督林明美

 

生徒会

今回の生徒会。というより生徒会エレベーター(?)、控えめにすきなんです。全体的に言っていることがとってもかっこいいのですが、引用しづらいので見てみてね。

じゃあわたくしたちってなによ。

デュエリストさ。

 

永遠の思い出は本当の永遠に(困っている友だち)。

ウテナに時子を重ねる御影です。

御影のいう永遠とは、いったいなんなのでしょうか。思い出のなかにしか存在しないものを求め続けることにもちろん苦しみはあるでしょうが、それはそれとして幸福なのでしょう。いつか手にはいると信じ続けていること、それだけに縋り生きていくこと。だから、そこにある"本当の永遠"とやらの正体を御影は知りません。それを知るのはただふたりだけ。もとい、ひとりだけかも。

君はどうしても薔薇の花嫁を辞めるわけにはいかないの?

彼女だけが、彼女の苦しみとその正体を知っているのかもしれません。

あなたから見たら、わたしはどんな風に見えていたのかしら。

この秘書さんの言葉は、なにかとても含みのある言葉ですね。御影にはいったい世界がどんな風に見えているのか。

 

最後の晩餐

かどうかはわかりませんけど。

とってもすきな演出なので書き出してみました。つまり、誰も彼を"神"とは見做さなかったわけだ。"犠牲"だと思っていたものたちは、姿を見せずに根室教授をあざ笑っていて、ほんとうの"犠牲"は彼なのでした。

でも、ウテナだけは御影を"世界の果て"だと思っていたかもしれません。たぶんそれは冬芽の時もそうだったかもしれないけれど。そしてそれもまた事実ですよね。ウテナにとって彼らが"世界の果て"であるのなら、彼女は本気で"世界"を革命するだけです。

 

⇨⇨⇨⇨⇨面会室(御影草時)

ウテナにボコられボロボロになる御影。

ほらみろよ。涙だ。

計算機のような男の心を動かす人間は、そう多くはないのでしょう。そういう人間は彼にとってこよなく愛する存在であり、同時に憎しみの対象でもある。"大人になりきれない"という彼の闇は、"世界の果て"によって黒薔薇となりました。そして御影はデュエリストの条件を満たしたのです。

 

 

号外!

何があってもわたしは、ウテナの味方だからね。

DUEL:12ウテナを奮起させた若葉。DUEL:20で若葉の闇を散らしたウテナ。この慈しみの連鎖をほんとうに見てほしい。でももうすべては消えてしまうね。根室記念館がなくなってしまうからさ。

くそ、俺は昔、学級委員だったのに。

だからなんやねん。

 

 

まぼろしのお城(決闘広場)

ワタシ空想生命体」。

柩をはこぶ男

人を柩に閉じ込めるのは誰なんだろう。神さまなのか、それとも"世界の果て"なのか。でもまあ、やっぱり自分なのかもしれないですね。自分の用意した柩に、じぶんで入って、もう二度と出てこない。誰にも会わない。

お願い、開けないで。

 

すべてはイリュージョン

でした。御影の見ていた馬宮、永遠、時子、そして自分のことすらもイリュージョンの影にかくれ、彼は何も見えなくなっていたし、でも反対によく見えていたともいえる。じぶんのみたいものだけを見て、信じ生きてきました。でもそれももう終わり。なぜなら黒薔薇編ももう終わるからです。御影が引き出した人々の心の闇も、うつくしい思い出も、ただのイリュージョンへと変わり、それを信じるものは"卒業"してしまいましたとさ。残酷なことに、きみはもう学級委員ではない。

 

デュエリストの条件

  • うつくしい思い出を持っていること
  • それを永遠のものにしたいと願っていること

 

LA BANDE

馬宮の正体は、姫宮アンシーでした。そしてこれは何も黒薔薇編や、アンシー=馬宮だけに限った話ではありません。お城、永遠、輝くもの、奇跡の力、虚無、ディオスの力などなど。これすべての正体は、もしかしたらわたしたちが見えているものとはちょっと違っているのかもしれません。この世界では誰もが存在し、だからこそ誰も存在しないといえるのです。

第2部、黒薔薇編のおしまいです。

 

これから先君のすすむ道は、用意してない。

 

 

DUEL:22「根室記念館」<少女革命ウテナ>

 

 ウイーン、ガタン。ピーピー。ガーガー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUEL:22「根室記念館」

放送日:1997年8月27日

脚本:榎戸洋司 絵コンテ:松本淳
演出:伊達勇登 作画監督:津幡佳明

黒薔薇も最後の一本となってしまったようです。

とつぜん画面に出現する指差しマーク(ポインタ)や砂時計、運ばれる柩などなど不思議な演出が印象的な22話。御影の過去や、根室記念館の謎、"世界の果て"とのかかわりについて触れられる回です。ドキドキ。

 

 

生徒会(踏切)

すまない。よく聞こえなかった。

自分たち以外に薔薇の刻印を持ち決闘を行うものたちの正体を突き止めるため、調べものをする生徒会メンバーたちです。でも電車のが通過する音でなにを喋っているのかよく聞こえなません。あるある。

 

じゃあ、影で動いているのは世界の果てそのものなんでしょうか。

 

 

根室記念館 

⇨電子計算機のような男

号外少女でも示されるとおり、彼は指示通りにおさるを捕まえる電子計算機のような男でした。彼っていうのは、黒薔薇会を主催する御影草時のことでもあり、とおい昔に"永遠"を手にいれるための研究をしていた、根室教授と呼ばれる人物のことでもあります。

根室教授はつまり、"世界の果て"(=暁生)が"永遠"を手にいれるための、ひとつのパーツというか、駒やロボットに過ぎなかったということですね。彼はもともとは"部外者"でしたが、千唾時子というひとには唯一心を開き、病気で余命いくばくもない彼女の弟、馬宮を助けるために永遠を手にいれようとします。

しかし研究員たちの噂を聞くに、彼らの出会いもまた"世界の果て"が用意した道のうちのひとつでした。

 

⇨大人にならない男

この回のラストに明かされるように、根室は時がとまったまま、過去の姿で鳳学園(根室記念館)を彷徨っています。これもすべて暁生と契約し、"柩"の中に入ってしまったからです。柩の中にいること、永遠を手にいれること、年をとらずロボットのように働きつづけること、これらは全然違うことのようで同じことなのですね。

 

⇨永遠を手にいれたい男

古代の生物が死んで、石油や石炭のような地下燃料が残った。そういう犠牲がなければ、今のエネルギー文明はなかった。そういう犠牲は常に要求される。

...馬宮くんのやったことは正しい。僕も永遠を手にしてみたくなった。

ここでいう古代の生物、つまり"犠牲"とは、この火事で焼け死んだ100人の少年たち(研究員)のことです。この少年たちの犠牲があってこそ、永遠を手にすることができる。具体的にいえば、彼らが死んでたくさんの"薔薇の刻印"が遺され、根室教授が年をとらず今もこの学園にいることで、DUEL:14〜DUEL:21までの黒薔薇のデュエリストたちが誕生し、永遠を手にするためにウテナと闘うことができたというわけです。

 

⇨黒薔薇を摘む男

ただ、暁生はべつにそれ(黒薔薇のデュエリストたちがもしかしたら決闘に勝利し、永遠を手にいれること)を目論んでいたわけではありません。むしろそれを狙っていたのは根室教授です。根室教授は、自分たちが作った"犠牲"によって永遠を手にすることができると考えましたが、"世界の果て"にとっては彼もまた"犠牲"に過ぎません。そしてウテナも同じです。すべてのことは、暁生が永遠を手にするための犠牲に過ぎないということです。

第2部でおなじみの水槽の中の黒薔薇を摘むカット。これは、今までは馬宮が摘んでいるように見せていましたが、実は暁生だったのですね。黒薔薇会のふたりが生徒たちを操り、決闘させていたかのように見せかけて、実はさらなる上がいたってことです。これは生徒会編の冬芽と同じ構図。

 

号外!

ロボットは、さみしくない。
とったおさる、いるから、ロボットはずーっと働きつづける。
おさる、いっぱいとれる。

今回は冒頭で、御影がチュチュを捕まえてウテナに返すという場面がありました。そのとおり、御影は永遠におさるを捕まえて、"世界の果て"に献上しつづけるロボットでしかありません。それでも彼はさみしくないと言います。電子計算機のような男だから。

でも、あなたを見てる方は、さみしくなるわ。

 

鳳学園という庭

学園という庭にいる限り、人は大人にならないのさ。

そうなのかもしれません。根室教授が御影として鳳学園に存在し続けるように、ウテナも、アンシーも、生徒会メンバーも、本当はずっと長い間この柩の中にいるのかも。それは"永遠"を手にいれるためのロボットとして。

実を結ぶために花は散るのよ。

これは、永遠を手にいれることを諦めた時子の言葉です。でもべつに、諦めたというわけでもないか。その方がいいって彼女は知ってるんですね。永遠なんて幻だと。でも暁生はそれを頑なに拒み続け、永遠を手にいれようとしつづけています。だからこそこの鳳学園という庭に存在しつづけるのです。

 

 

LA BANDE

暁生は、"永遠"を手にすることで、"世界を革命する力"が手にはいると考えているのでしょうか(もしくはその逆?)。時が経つ、実を結ぶ、大人になるということ。それを拒否しつづけることこそが"永遠"であるということの虚しさに気がつかないのですね。"永遠"という名前の美しさにとらわれて、そこにある本当のところを見ようとしていないのかもしれません。それは根室教授も同じことですが。

"永遠"に"子供"でいることは、輝きを失わないこと。暁生はそう考えていますね。"子供"の直向きさ、無邪気さを見下しながらも、それを一番欲しがっているのはいったい誰なのでしょうか。

 

さあ、わたしにはわかりません。

 

 

 

DUEL:21「悪い虫」<少女革命ウテナ>

 

みょみょみょ〜ん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUEL:21「悪い虫」

放送日:1997年8月20日

脚本:月村了衛 絵コンテ・演出:桜井弘明
作画監督:阿部邦博

 

今回のお話は、前回と同じく恋愛の話であり、友情の話です。若葉とウテナの間には確かに友情が存在しましたが、今回スポットが当たる彼女の場合はどうでしょうか。彼女とその「友達」の間に友情はあるといえるのかな。そして、ウテナとアンシーの間には何があるのだろう。

 

その他、大勢の、脇役。

今回黒薔薇会のターゲットになったのは、七実の取り巻きのひとりである苑田茎子です。前回の若葉が日常風景に溶け込む平凡な少女なら、彼女にはそんな背景すら与えられません。まあ、今回彼女にスポットが当たるのだって、ちょこっと名前に下線が引かれるくらいのものですもの。

 

 

お兄さまに集る虫は一匹たりとも許さない。

迂闊だったわ。
本当の悪い虫は、自分の足元にいた。

あなたのようなたちの悪い虫は、
徹底的に駆除してあげる。

茎子は、七実に仕えながらも本当のところは冬芽のことが好きだったのですね。雨に濡れる冬芽を傘に入れてあげたことによって、七実からひどい仕打ちを受けることとなってしまいました。そして、彼女の"同志"であった愛子・優子もそんな茎子を見放します。

七実にとって茎子は、冬芽に集る"悪い虫"。DUEL:10のように、いちおうは愛されている猫ですらありません。茎子はそんな扱いを受け、心の闇を露わにしてゆきます。

 

プラネタリウム(理事長室)

これからもウテナさんと仲良くやるんだよ。
双子座のカストルポルックスのように。

これは暁生からアンシーへの命令でしょうか。アンシーは素直に返事をするし、その表情もいつもの笑顔とまったく変わりなく、その心は読めません。

そして得意げに星の知識をアンシーに披露するウテナが無邪気でかなしい。

 

 

⇨⇨⇨⇨⇨面会室(苑田茎子)

茎。

 

憧れの女の子。

わたしは心の底から七実さまに憧れてました。

...でも、本当はちがってた。
少しでも冬芽さまに近づきたかったから、七実さまのそばにいただけ。

茎子の闇は、いつも冬芽の側にいられる七実への嫉妬心、それから酷い扱いを受けていたことに対する恨みでした。

 

あんな我侭な女。

でもでも、自分たちから"友達になろう"と話しかけておいて、七実が冬芽の妹だとわかったらくるっと態度変えて勝手にへりくだって嘘の褒め言葉並べて、七実の一番大切な冬芽にちょっかいかけた上"やさしさ"を求めるってのもどうなんだろう。わたしは茎子の気持ちがあんまりにもわからないんです。脇役であることへの嘆きっていうのは、前回の若葉ですごくよく表現されていたと思うから、尚更。

まあ何はともあれ、茎子は七実への憎しみによって黒薔薇の刻印を手にし、冬芽の剣を引き抜くことに成功します。

 

 

号外!

いつまで逃げていてもしょうがない!
それ!殺虫剤!

"悪い虫"に業を煮やしたトンボがふりまく殺虫剤。たとえ駆除に成功したとしても、彼だって同じ"虫"だから死んでしまう。*1

パタリ。

でもさそれって。。。

 

 

地下の教室(決闘広場)

成熟年齢透明期」。

人間じゃないわたし。

君は......

これが2回繰り返されるのどうしても笑ってしまう。ウテナは彼女の名前を思い出せないのかと思ったけれど、いやはや知らなかったんですね。

悪い虫、茎子の逆襲。かわいいパラソルと相合傘。

でも殺された悪い虫だってバカじゃない。カマキリはとあることに気がつきます。

 

人間じゃないあの子。

そうだ。本当の悪い虫は、七実だ。
なんだあの女、悪い虫だったんだ。

同類。です。そしてどちらも"悪い虫"がふきつけた殺虫剤によって駆除される運命なのです。でもその殺虫剤って。

 

怖いね。
憎しみの根は見えない地中で大きく広がってるんだな。

それ、誰のこと言ってるの?茎子?アンシー?それとも自分?殺虫剤で駆除されたのは、されてしまうのは、本当は誰なんだろう。

 

 

わたしたちもずっと友達だよ。

わからないなあ。

髪縛って前髪クルルンが茎子さん。
肩まで伸びて外側にクルルンが愛子さん。
内巻きでほっぺでクルルンが優子さんです。

 

そうじゃなくて。

好きな人のためならそれ以外の人への感情なんか問題じゃない。
自分なんていくらでもごまかせますから。

アンシーは言います。でもそれっていつか限界がくるはず。だって茎子がいい例です。悪い虫が自分をごまかし続けたその先に待っているのは、駆除されてしまう運命だけ。それなのに何を闘い、ごまかす必要があるのでしょう。

お部屋の臭い消しですよ、それ。

 

LA BANDE

みょん。

今回の影絵少女はわたしの好きなやつでした。これから七実のことを考える際にとっても重要な回です。そして黒薔薇編もそろそろ佳境に。次回はあの館の謎にせまります。

そしてなぜかローラースケートでパーティの準備をする茎子でした。

 

 

*1:そういえば七実って、DUEL:06で駆除されかけてますね。

DUEL:20「若葉繁れる」<少女革命ウテナ>

 

そういうあんただって、先輩の縦笛なめてたでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUEL:20「若葉繁れる」

放送日:1997年8月13日

脚本:月村了衛 絵コンテ:橋本カツヨ
演出:桜美かつし 作画監督:たけうちのぶゆき

 

 

羊のマグカップ。カッパのポット。

五百円の彫刻刀。

今回のお話では、"日常風景"というものが多く描かれます。それはほとんど若葉の下校時の風景なのですが。路肩に停まるトラック、カフェ、井戸端会議をする女性たち、出前のオートバイ。などなど。それとタイトルにもなっている五百円玉。お金って今まで出てきたことありましたっけ。

とにかく、この『少女革命ウテナ』というアニメでは、原則として"鳳学園"という閉ざされた世界が描かれ、それは『ウテナ』では日常風景でありながらも、わたしたち観客にとっては完全なるファンタジー、非日常でした。しかし、20話で描かれるのはわたしたちにとっても見慣れた風景たち。その風景たちの中を若葉は歩き、学校から西園寺の待つ自室へと帰ります。これだけでわたしたちは若葉という人間に感情移入し、より深く彼女の物語に共感することができるのかもしれません。

そして、この日常風景たちの意味するところはもうひとつ。これらは、若葉が『ウテナ』という物語において置かれた立場、もしくは若葉という人間の性質そのものを暗示しているようにも思えます。"主人公"であるウテナ、"ヒロイン"であるアンシー。何かと目立つ存在の生徒会メンバー。彼女は、彼らとは違って"特別な人間"ではありません。若葉は、剣をたずさえ決闘に参加するウテナたちとは程遠い存在であり、つまりは平凡。平凡な日常風景になんの違和感もなく馴染んでしまう、その他大勢のうちのひとり。しかも若葉は、それを自覚をもしているのです。

 

葉っぱの髪飾り。

しかし、そんな彼女にも"特別な人間"として輝くことのできるチャンスが巡ってくるのです。葉っぱの髪飾りは、西園寺がくれた若葉への"特別"の証でした。自分には手の届かないはずだった"特別な人間"に愛される、またその人に尽くすことによって、彼女はそれを手にします。そしてその幸福と危うさを知っているからこそ、彼女は息を切らして部屋へ帰るのでした。

にしても、西園寺にはけっこうヒドイことされてるのによくやるわ。。とも思うのですけれど。でもやっぱり若葉の気持ちもわかってしまう。劣等感と虚無感でいっぱいの中、突然"輝き"が差し出されてそれに縋ってしまうきもち。本当はそれがただのヒモダボハゼだったとしてもね。

 

理事長室(プラネタリウム

ただいえることは、 多くの人にとって特別な時間は、そう長くは続かない。

そうでしょうね。でも、そうなのかな。西園寺が若葉の家でヒモやってるっていうのは彼女のいうように誰にも"秘密"なわけです。ってことは、彼女が輝く原因っていうのは、ウテナがそうであるように誰にもわからない。でも彼女が生き生きしてるというのは確かなわけですよね。気持ちの問題、って言葉は嫌いだけど、なにか若葉にも自分の中で誇れるものができれば、こんなダボハゼに頼らなくても輝きが続く時が来るのじゃないかと思います。というか、願います。

僕はただ、若葉がずっと幸せでいてくれれば、それでいいんだ。

 

⇨⇨⇨⇨⇨面会室(篠原若葉)

葉。

ハンガーの制服。

ハンガーにかかる生徒会の制服は、神("世界の果て")より与えられた西園寺の"特別"の証です。突如若葉の部屋にあらわれた御影にそそのかされ、西園寺はその"特別"を再び身にまとう代償として、髪飾りを彼に渡してしまいます。代償、といってもそんな大げさなものでもなくて、彼にとってそれは"あんなもの"で、若葉の部屋は"こんなところ"で。。オマエまじ恩知らずかよ。

とにかく、黒薔薇会は"特別になりたい""輝きたい"という若葉の願いと西園寺への憧れを利用し、薔薇の花嫁殺害を狙います。ただ、この若葉の恋心や劣等感って、そこまで深い"闇"と呼べるほどのものでもないのですよね。どちらかというと"美しいもの"として消費されがちなものともいえる(特に前者に関しては)。だから、その気持ちを"闇"へと変化させるアイテムとして、御影はあの髪飾りを必要としたということです。

 

500円の和牛ステーキ。

なのにあの女は...あの女は!

若葉が西園寺の剣を抜くのは、アンシーへの憎しみのためです。まあ本来それが筋なんですけどね。

アンシーは、何も関係がなかったわけではありません。最初から彼女は西園寺に想われていたし、若葉はそれを妬ましく思っていたでしょう。でも、一緒にお昼ごはんを食べながら楽しく過ごしてた時間(DUEL:11)もまた嘘ではない。アンシーだって、若葉に心を許していました。それなのに、策略のために争わされる"女なるもの"たち。"王子さま"と同じくらい、もしくはそれ以上に、損な役回りです。だって、英雄にすらなれないんだもん。

 

号外!

 あれ、狐の嫁入りだ。

生贄にされるとわかっていながらも嫁入りした狐の流す涙。

お約束、しきたり、掟。男に尽くす女。そういう様式美。そんなものに振り回されて殺されるくらいなら、

行かなきゃいいじゃん。

なんです。 

 

地下の教室(決闘広場)

幻燈蝶蛾十六世紀」。

 

若葉とウテナ

だめだよ。闘えないよ。

今回の決闘では、相手が親友である若葉だったということでウテナはひどく動揺します。普段の流れであれば、薔薇の花嫁を殺しにかかるデュエリストたちを、ウテナ薔薇の花嫁の剣(ディオスの剣)によって打ち負かします。

つまりこの黒薔薇編で行われる決闘というのは、生徒会編よりも返り討ちの要素が強い。そしてその流れに則ってウテナが若葉を散らすなら、この物語は悲劇以上の意味合いを持ちません。絶対に届かないものへの憧れと憎しみは、昇華されずに心の中を彷徨い続けます。これまでとこれからの黒薔薇のデュエリストたちが、みなそうであるように。でも、今回に限り、そうではありません。なぜならウテナは若葉の親友だからです。そして彼女が、心から若葉の幸せを願うからです。

 

火葬。

ウテナは、薔薇の花嫁の剣を抜くことはしませんし、若葉と闘うということもしませんでした。若葉の持つ剣は、西園寺の剣です。彼女はいわば、自分の闇の原因ともいえる男の剣で、なんの罪もないアンシーを殺そうとしています。ウテナは本来であれば、薔薇の花嫁の剣で応戦しなければなりません。でもそれは間違っています。アンシーの敵は若葉じゃないし、若葉の敵もまたアンシーではないからです。

だからウテナは西園寺の剣を若葉の手から奪い取ります。そしてウテナの手によって彼女の心の闇を散らしてあげるのです。そんな闇は捨ててしまった方が楽だから。若葉がこの決闘の中で漏らす恨みごとの対象には、もちろんウテナも含まれています。でもふたりの手はぜったいに離れることはないのだから、その友情はぜったいに嘘じゃないのです。

若葉の涙は、いつも明るくて元気な彼女の"狐の嫁入り"かもしれない。そして、あの髪飾りは火葬され、二度と誰の手にも渡ることはありません。お嫁になんか行かなくてもいいじゃん。"特別"になんかならなくても、隣にはウテナがいてくれるからです。*1

 

LA BANDE

ただいま。

おかえり。

 

 

*1:そういう意味では若葉って実はすごく"特別"で、わたしにとっては羨ましいことこの上ない。

DUEL:19「今は亡き王国の歌」<少女革命ウテナ>

 

おかえり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUEL:19「今は亡き王国の歌」

放送日:1997年8月6日

脚本・絵コンテ:風山十五
演出:高橋亨 作画監督相澤昌弘

 

 若葉前後編の前編。今は亡き王国・たまねぎ王国のお姫さまのお話。どんなに幸せでロマンチックで少女漫画ちっくでも、今はもう亡き王国。

 

たまねぎ王子とお姫さま×4

本エピソードでは、若葉は強がってるけどほんとは達也が好き。達也も実は若葉を...っていう王道少女漫画的ノリをこれでもかと繰り返し、観客を騙しにかかります。さすがにこのアニメを19話まで見たわたしたちですから、本当にこのふたりがラブラブくっついて終わるだなんて思ったりしないでしょうし、ウテナと若葉の百合エピソードだ!なんて期待したりもしないでしょう。*1

生徒会

思い続ける人というのを簡単に変えることができたら、君たちももっと楽になれるのにね。

私もか。

樹璃せんぱい、いい感じにミスリードしてくれますが、これはこれで本質を示しているような気もします。若葉がヘテロセクシャルなら、ぜったいに彼を愛するより、達也を"王子さま"とした方がいいのですから。ぜったいにそっちの方が"楽"ですよ。

プラネタリウム(理事長室)

人が心の中に持っている王子さまというのは、きっと他の人にはわからないものですよ。

樹璃せんぱいがせっかくいい感じの発言してくれたのに、完全にネタバレするこの男。でもウテナはちょっとポワワワ〜ンだからあんまり理解してなかったみたいです。よかったあ。

濁すお茶

お茶を濁すウテナが楽しいお茶シーン。

暁生の言ってることをそのまんま繰り返したり、「告白する価値はあると思うけど?」なんて"アドバイス"してみたり、今回のウテナは主人公にあるまじき滑稽さ。わたしはウテナのこういうところは好きなのですけどね。若葉のためにっていう99パーセントの善意と、暁生に対する1パーセント(今後はもっとぶくぶく膨れ上がりますが)の憧れ。

 

号外!

こんなすべてがあべこべな会話ははじめてみた。

  • タイヤを大安売りするタイ屋さん。
  • 魚屋さんは魚を売る(骨)。
  • パーン(拳銃)屋さんは、パン(食べ物)を売る。
  • タイヤは食べられる(衝撃の事実)
  • タイヤは食べられない(衝撃の事実)

なにか意味があるのでは、と誤解させる思わせぶりな会話。でも実は中身なんてなんにもなく、受け取ったものは自分の予想したそれとはまったく違うもの。そう、タイヤは食べられないんですよ。どんなに高いお金を出して買ってもね。*2

 

ウテナの意地悪!!

 

⇨⇨⇨⇨⇨面会室(風見達也)

君は本当にいい人だね。
だから、君の進むべき道はここにはない。
帰りたまえ。ここは君のような人間の来るところではない。

達也がこの場で話すことは、たぶん本当の恋愛の話。彼は若葉が好きで、でも若葉は彼を好きじゃない。なんの屈折も、悪意も憎しみもない。そういう一時のセンチメンタルな"恋バナ"では、薔薇を黒く染めることはできません。彼が若葉の胸の剣を抜き取ることもできません。達也は食べられるタイヤを欲しがりましたが、そんなものはこの世にはありません。*3

 

わたしの王子さま

さて、西園寺は食べられるタイヤなのでしょうか。まあ、彼が骨だけの魚だなんてことは、きっと若葉自身気づいていることなのかもしれませんが。ただ、西園寺は知らないかも。パンだと思った拳銃の悲劇について。です。

 

LA BANDE

わからないなあ。わからないなあ。わからないことがいっぱいだ。

でもこれだけはわかってる。

若葉は僕の大事な友達なんだ。

 

*1:...

*2:これも意味ありげで、なんにも意味のない文章です。気づいてた?

*3:いや、あるかもしんないけど...

DUEL:18「みつるもどかしさ」<少女革命ウテナ>

やだ!ほんとに?
で、どうだった?やっぱり、痛い?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DUEL:18「みつるもどかしさ」

放送日:1997年7月30日

脚本:比賀昇 絵コンテ:西村聡
演出:岡崎幸男 作画監督林明美

石蕗七実エピソード。テーマは「子供から大人へ」。そしてそれは「梅雨から夏へ」という季節、「雨から晴れへ」というお天気の移り変わりによってあらわされます。石蕗の「大人になりたい」という気持ちを利用して、薔薇の花嫁暗殺を試みる黒薔薇会のふたり。

薔薇は季節の移り変わりに敏感ですから。

 

嫉妬深い女王さまとその家来

今回のデュエリストは、「嫉妬深い女王」(=七実)と「その家来」(=石蕗)です。

子供じゃない。

と馬宮はいうのですが、この作戦会議の中での"子供"って七実と石蕗、どちらのことなのでしょうかね。まあ、どちらもなのでしょうね。

昨日までの固い蕾でも、きっかけさえあれば、簡単に綻ぶものさ。

"大人になること"への興味でいっぱいの七実と、そもそも"大人"がどんなものかなんて知りもしない石蕗。七実は彼の幼馴染・茉莉に嫉妬しますが、石蕗のジレンマっていうのには、たぶん七実は関係ない。とわたしは思う。

プラネタリウム(理事長室)

暁生のいうことって、DUEL:15でも言ったようにすごく重要なことなんです。でも、影絵少女の劇と同じで、それは必ずしも真理であるとは限りません。

星は年をとると輝きを失う。人間もまた然り。

DUEL:15でも今回もそうですが、彼の悲劇の英雄気取りや、こういった諦念のようなものって、これからの物語に必要不可欠な鍵になってきますね。

⇨⇨⇨⇨⇨面会室(石蕗美蔓)

通じないふたり

石蕗と茉莉との関係に嫉妬して彼の部屋を七実が訪ねてくる場面。絶対にふたりは同じカットにおさまらないっていう演出は好きです。

石蕗美蔓の闇

大人になりたい!
大人になって、世界をめちゃくちゃにしてやりたい!

七実と一緒にいられるだけで幸せだった子供の石蕗。それだけじゃあ物足りない過渡期の石蕗。彼も、梢も、枝織も、結局は相手を支配してやりたい、世界をめちゃくちゃにしてやりたいっていう"子供"らしい願望を持つ人間たちなのかもしれません。しかし暁生はそれこそが"輝き"だという。それとも過渡期のこの願望こそ、失う"輝き"の前触れなんでしょうか。

 

号外!

雨って、あたしが傘持ってきてると止むのよね。

ほんとにね。

あたしね、今日ね、今日ね、初めてだったの!

献血って、大人の証ですか?

 

地下の教室(決闘広場)

円錐形絶対卵アルシブラ」。この歌、だいすき。

経験を積んだ大人を倒してこそ、子供は大人になる!

やっぱりこういうことになってしまう。これじゃあ世界を革命できません。暁生のいうとおり、"年を重ねると輝きを失ってしまう"という世界のルールに則って大人になってしまうのなら、ウテナに勝てるはずがありません。

今回机の上にあるのはハニワとチョコレート。かわいいのは、ハニワが割れるとその中にまた小さなハニワが入ってるってとこ。どんなに大人ぶってても、結局ひとは心の内側に救いようのない"子供"を持っているのかも。暁生もまた然り。

夏のはじまり

今回はBGMが控えめで雨の中というくら〜い演出になってるのですが、ラストはうってかわって爽やかな音楽と日常、初夏の輝き。

あつくなるわね...

 

 

 

LA BANDE

雨降ってるのに傘さしてまでそこで会議しなきゃならないのかよ。

新参者はぎゅうぎゅう締め上げてやればいいのよ。

ぎゅう、ぎゅう...。 うし、うし...。

そしてついに、ついに、次回からは若葉前後編。このブログを始めようと思ったきっかけの回です。

ところで、

たまねぎふたつで今夜も美味しいカレーができますね。

ふたりはDUEL:08以降もたびたび入れ替わっているのかも...。