DUEL:23「デュエリストの条件」<少女革命ウテナ>
まったく薔薇の花嫁なんてやってる友達持つと、気苦労がたえないよなあ。
- DUEL:23「デュエリストの条件」
- 生徒会
- 永遠の思い出は本当の永遠に(困っている友だち)。
- 最後の晩餐
- ⇨⇨⇨⇨⇨面会室(御影草時)
- 号外!
- まぼろしのお城(決闘広場)
- デュエリストの条件
- LA BANDE
DUEL:23「デュエリストの条件」
放送日:1997年9月3日
脚本:榎戸洋司 絵コンテ:橋本カツヨ
演出:岡崎幸男 作画監督:林明美
生徒会
今回の生徒会。というより生徒会エレベーター(?)、控えめにすきなんです。全体的に言っていることがとってもかっこいいのですが、引用しづらいので見てみてね。
じゃあわたくしたちってなによ。
デュエリストさ。
永遠の思い出は本当の永遠に(困っている友だち)。
ウテナに時子を重ねる御影です。
御影のいう永遠とは、いったいなんなのでしょうか。思い出のなかにしか存在しないものを求め続けることにもちろん苦しみはあるでしょうが、それはそれとして幸福なのでしょう。いつか手にはいると信じ続けていること、それだけに縋り生きていくこと。だから、そこにある"本当の永遠"とやらの正体を御影は知りません。それを知るのはただふたりだけ。もとい、ひとりだけかも。
君はどうしても薔薇の花嫁を辞めるわけにはいかないの?
彼女だけが、彼女の苦しみとその正体を知っているのかもしれません。
あなたから見たら、わたしはどんな風に見えていたのかしら。
この秘書さんの言葉は、なにかとても含みのある言葉ですね。御影にはいったい世界がどんな風に見えているのか。
最後の晩餐
かどうかはわかりませんけど。
とってもすきな演出なので書き出してみました。つまり、誰も彼を"神"とは見做さなかったわけだ。"犠牲"だと思っていたものたちは、姿を見せずに根室教授をあざ笑っていて、ほんとうの"犠牲"は彼なのでした。
でも、ウテナだけは御影を"世界の果て"だと思っていたかもしれません。たぶんそれは冬芽の時もそうだったかもしれないけれど。そしてそれもまた事実ですよね。ウテナにとって彼らが"世界の果て"であるのなら、彼女は本気で"世界"を革命するだけです。
⇨⇨⇨⇨⇨面会室(御影草時)
ウテナにボコられボロボロになる御影。
ほらみろよ。涙だ。
計算機のような男の心を動かす人間は、そう多くはないのでしょう。そういう人間は彼にとってこよなく愛する存在であり、同時に憎しみの対象でもある。"大人になりきれない"という彼の闇は、"世界の果て"によって黒薔薇となりました。そして御影はデュエリストの条件を満たしたのです。
号外!
何があってもわたしは、ウテナの味方だからね。
DUEL:12でウテナを奮起させた若葉。DUEL:20で若葉の闇を散らしたウテナ。この慈しみの連鎖をほんとうに見てほしい。でももうすべては消えてしまうね。根室記念館がなくなってしまうからさ。
くそ、俺は昔、学級委員だったのに。
だからなんやねん。
まぼろしのお城(決闘広場)
「ワタシ空想生命体」。
柩をはこぶ男
人を柩に閉じ込めるのは誰なんだろう。神さまなのか、それとも"世界の果て"なのか。でもまあ、やっぱり自分なのかもしれないですね。自分の用意した柩に、じぶんで入って、もう二度と出てこない。誰にも会わない。
お願い、開けないで。
すべてはイリュージョン
でした。御影の見ていた馬宮、永遠、時子、そして自分のことすらもイリュージョンの影にかくれ、彼は何も見えなくなっていたし、でも反対によく見えていたともいえる。じぶんのみたいものだけを見て、信じ生きてきました。でもそれももう終わり。なぜなら黒薔薇編ももう終わるからです。御影が引き出した人々の心の闇も、うつくしい思い出も、ただのイリュージョンへと変わり、それを信じるものは"卒業"してしまいましたとさ。残酷なことに、きみはもう学級委員ではない。
デュエリストの条件
- うつくしい思い出を持っていること
- それを永遠のものにしたいと願っていること
LA BANDE
馬宮の正体は、姫宮アンシーでした。そしてこれは何も黒薔薇編や、アンシー=馬宮だけに限った話ではありません。お城、永遠、輝くもの、奇跡の力、虚無、ディオスの力などなど。これすべての正体は、もしかしたらわたしたちが見えているものとはちょっと違っているのかもしれません。この世界では誰もが存在し、だからこそ誰も存在しないといえるのです。
第2部、黒薔薇編のおしまいです。
これから先君のすすむ道は、用意してない。